荀攸推挙計画2〜目立たないのがいいところ?〜

荀攸、字は公達。「ああ、荀の年上の従子ね」と一発目で答える人も多いのではないでしょうか。
曹操軍の中でも指折りの軍師ですが、何故か目立たない。
そこで、今回はこの理由を考えるとともに、荀攸について見直してみようと思います。
理由として考えられるのは、次の6つです。

1.とっても優秀な親戚がいる。
2.周辺の軍師もアクの強い人ばっかりである。
3.本人が目立とうとしない。
4.そもそも正史の本伝自体が長くない。
5.中途半端な時期に死んでしまった。
6.日本での小説における能力評価が低い。

1番。これは言うまでもなく荀のことですね。名実ともに参謀ナンバーワンのこの人を親戚に持ってしまったおかげで、どうにも陰に隠れがち。
2番。惜しまれつつ若死にした郭嘉、したたかな策士賈、人肉関係で話題になってしまった程。これに諸葛亮と大立ち回りを演じた司馬懿も付けましょう。あーほんとに魏軍師って面白いよね。まだこれだけじゃないんだ、ほかにも面白い人がいっぱいいてわかんないや。この「いっぱい」の中に埋もれかけの荀攸。
3番。確かにそうなんですよね。正史にも注にもしっかりそう書かれてるし。忘れてるかも知れないけど、荀攸は「戦術家」です。曹操の陰で策を立てるのが仕事です。だから表に立つ必要はないし、策だって気軽に他人に話したりもしないのだ。それでこそプロフェッショナル。
4番。荀、賈と同じ伝に立てられてるんですが、確かに短いです。とか言って、郭嘉や程と同じくらいなんですけど。もっとも、武官なんてもっと短い。楽進とか。それを考えると、この項目はあまり関係ないな・・・。
5番。郭嘉を見てごらん。早死にしたから「惜しまれた死」を独占しちゃってます(典韋もいるだろう)。惜しまれたのは郭嘉だけじゃないのに・・・。そのひとりが荀攸です。彼も、そうでなかったら70歳80歳まで生きてれば「荀イクと同じように魏王推戴に反対して憂死した」話なんて作られないのに。
6番。日本での三国志の定番は吉川英治の『三国志』。三国志ファンならこれを読んでいるのは当たり前?なくらいの本です。さて、官渡の戦いで曹操が文醜におとり作戦を仕掛けました。いぶかる諸将の中で、荀攸ひとりが曹操の策を見抜き、曹操が目配せして笑うシーンが『演義』にあります。ここで吉川氏は別の解釈をしてくれました。つまり、「解ってくれたな、さすがだ」を「いらん事言うな!」にすり替えてしまったんです。これで荀攸のランクは0.5くらい下がってしまいました。おまけに後発の作家さんまでもこれに従ってくれたもんだから、よけいに定着してしまいました。そして、ものによっては、荀の優秀さを引き立てるために「荀に劣る」役を割り振られる、平たく言うとだしにされてしまうことも・・・。優秀な人材なだけに、いいおだしが取れそう・・・じゃなくて。て言うか作家の皆さん、ちょっと荀 よりマイナーだからって、何しても許されるとか思ってんじゃないの?
(後日談:宮城谷昌光氏の三国志で少し登場、知力と胆力を兼ね備えた人物という書かれ方。荀攸がその人柄をたとえられた晏子の小説も書いてるし、期待持っていい?)

・・・とまあ、様々な要因が絡んで、荀攸のイメージが出来上がってしまったわけです。本人はおそらくそんな後世の思惑なんてどうでもいいと思ってるでしょうけど、ここらへんで「荀の従子」という色眼鏡をかけて見るの、やめてみません?
「荀公達」という個人として見直してみましょうよ。

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